Sunday, April 30, 2006

Blessings - Fruitful Saturdays

先週の土曜日は、教会のお友達の大好きなみ○きさんとミュージカルAnnieを観に行ってきました♪
そして今日!今週は、日本の伝統芸能である「能」を観に行ってきました!
3月下旬には、教会のすばらしい牧師さんであり、母でもあるき○えさんと歌舞伎を観に行ったステキな思い出があります。

これらはすべて頂いたチケット(写真)で、とっても良い席だったのです。
自分ではとっても買えないお値段。とっても感謝でした♪
それにこういった時間というのは、忙しい毎日、いつもと変わらない日常にを添えてくれます。
そして何より!これらの経験から学ぶことがたくさんあります!!!

歌舞伎では、そのメッセージから、日本の古い伝統芸能にも
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネによる福音書15:13)
という聖書の御言葉とまったく同じことが表現されていることを知りました。
イエス様が私達の罪を赦すために、命を捨ててくださったことを思い、胸が熱くなりました。

Annieは子供向けのミュージカルで、家族連れや、お母さんと子供たち、たくさんの人が会場を埋めつくしていました。開演から、こども達の一生懸命に演じる姿を観て、何度も涙が溢れました。まるで自分の子供を見ているような、母親になったような気分になり、「こうして本番に臨むまでにどれだけ練習を重ねてきたか」「がんばってるなぁ」と思うと涙が溢れてしまいました。
Annieのメッセージから、「どんなに辛い状況においても前向きに!元気に!明るく!明るい明日に向かって生きていくんだ!諦めちゃいけない!」という強い思いが伝えわってきました。演じていたこども達から、たくさん勇気付けられました。
とくに、一緒に行ったみ○きさんのお友達の娘さんが出演していたのですが、彼女や彼女のお姉さんもクリスチャンで、こんなに小さいにもかかわらず「歌を多くの人の前で歌って、イエス様の愛を伝えていくんだ!」という使命をもってがんばっているということを聞きました。すごい!
子供たちからたくさんのことを学びました。そして、試練に耐え、練習を重ね、輝きを放つ子供たち観て、またその練習を通して、ひとつのものをみんなで完成させる喜びをまた味わいたい!という気持ちになりました。
「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることは出来ない。自分を低くして、子供のようになる人が、天の国で一番偉いのだ。私の名のためにこのような一人の子供を受け入れるものは、私を受け入れるのである。」(マタイによる福音書18:3-5)

そして、今日観に行った「能」。恥ずかしながら今まで能がどんなものか、全く知らなかった私は、それが神道や仏教とつながっているのではないかというアイデアを得た。そして、昔のしゃべり方で何を言っているのかわからなかったけれど(^_^;; 動きは少ないのに、そこにパワーがあり、少ない動きで多くを表現することの難しさ、そしてそのすごさを感じました。厳かで神秘的(?)な雰囲気で、笛や太鼓が場を盛り上げ、静かでゆっくりな動きが多く、ずっとすり足で動くから、少し速い動きや足で床をバンと打つ時などはぐっと観客をひきつける。

ゆっくりとした動き、楽器の演奏とのコンビネーション、そして美しい衣装。その一つ一つから、神道か仏教の日本人が昔から信じてきた神を崇拝する心が伝わってきた。それがわかったのはきっと、その神様を賛美する心は私も同じだから。スタイルは全く違って、私は飛び跳ねて歌って踊って神様を賛美する。いつもジャンプしてるわけじゃないけれど、手をのばして体全体で神様を求める。
何度もウトウトしてしまって、演者の方に申し訳なかった…。けれど、昔から日本に伝わる日本人のWorshipスタイルを垣間見て、このような様々な信仰のかたちを神様はどのようにご覧になっているのかな、と思った。神様はわたしたちを平等に愛しておられるから。

この3回の文化的な人間の表現を観ることを通して、神様はわたしに学びの機会、そして、日常から離れてゆっくりとした時間を過ごすご褒美を与えてくださった。
本当に感謝です!一緒に観に行って、その有意義なときをシェアできたみ○きさんとき○えさんとのfellowshipにも感謝です!
神様ありがとう~!!!

Saturday, April 15, 2006

今、こどもが助けを求めてる。みんな愛が必要では?おとなもこどもも。

CHILDREN IS IN DANGER!! - LOVE IS NEEDED!!!

最近TVで、「夜回り先生」のことをやっているのを見ました。今、子供たちが大人たちからの虐待や同じ年くらいのこどもからのいじめを受けて、夜の街に出て行って薬物・飲酒や犯罪にはしったり、街に出て行けない子は部屋にこもってリストカットや精神科でもらった睡眠薬や安定剤を過剰摂取してしまうという現状があることを初めて心の深いところで捉えることができました。

こどもが泣きじゃくりながらその「夜回り先生」に電話をかけてくるのですが、音声は変えてあるものの、実際にその声を聞いてしまうと「今すぐに抱きしめてあげたい!!!」と思って涙が溢れてしまいました。

「どうして親はそんなことする(言う)の?」「学校の先生はどうしてそんな…」と大人を責めたくなりますが、大人も大人でこのギスギスした社会の中で、上司にいじめられたり、罵声を浴びせられたり、どうしようもないストレスの渦の中にあって、そのはけ口が家族(多くの場合、父親⇒母親⇒こども)に向けられるのだそうです。

最後のはけ口となるこどもはそれをどうするのでしょう?

こども達は学校で他の子を傷つけたり(いじめ)、自分を傷つけたりするのだそうです。逆に、こどもが親に虐待するケースや、お年寄り、動物に虐待するケースもありますね。

悲しいだけでは終わらせられない問題ですね。この悪循環を根っこから断ち切るには社会自体が変わらないとダメだと思う。大人が変わらないと。こどもを守ることと同時に、大人も助けなければならないと思う。
こどもを愛し、守るべきは、まず親ですからね。
親がこどもを愛せないから、こどもに虐待する。或いは無視する。無関心は人を深く傷つけますね。
親がこどもを愛せないのは、色々理由はあるかもしれないけれど、自分が愛を感じてないからかな。
自分が愛されていて、たくさんの愛を受けていると知っていたら、他の人にも愛をわけてあげられるから。その愛を感謝して。

今日はイースター前日。明日のCelebrationを前に、イエス様が十字架にかかって死んでくださったことを思う。その丘にたどり着くまでに、鞭打たれ、傷つけられ、罵声を浴びせられ、多くの血を流し…、私たちの罪を赦すために、彼の絶対的な愛を示すために、十字架につけられ死んでくださった。彼が三日後に復活して、その愛は永遠であること、彼は聖霊として生きて私達を守り、罪を赦し、いつも勝利を与えてくださることを示してくださった。


そのために私たちは彼を信じ、愛し、求め続ける。

それはだれにでも赦されていて、だれにでもできること。

ただ自分の弱さをみとめて、神様の愛と強さと赦しを求めること。
彼は私たちを愛したくて愛したくて、与えたくて与えたくてたまらないのだから!

明日はイースター。神様の深い愛、絶対的な、誰にでも平等な愛を感じて、「愛されている」ことを多くの人に知ってほしい。そして感謝して、その愛を他の人に与え、愛がどんどん伝染していってほしい。

Happy Easter!!